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徳島地方裁判所 昭和24年(行)16号 判決

原告 佐野俊治

被告 徳島県知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告の原告に対しなした昭和二十三年度地方税県民税四万八千三百九円六十銭の課税処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として「原告は徳島市に住所を有し地方税を納める義務あるものであるところ、被告より昭和二十三年度県民税として金六万三百九円六十銭と決定せられ同年十二月十三日付納付令書を交付せられた。然し右決定は以下に述べるように不当であるから昭和二十四年一月五日被告に対し異議申立を為したが、同年三月五日之を金四万八千三百九円六十銭と変更決定したのみである。原告の賦課標準となるべきものは第一積極財産として(イ)不動産関係は別紙第一目録記載の通り時価約四十一万一千三百円、(ロ)動産は約七千八百三十九円、商品は昭和二十三年四月悉皆訴外佐野電機株式会社に譲渡し存在しない。(ハ)債権は八万三千百二十七円七十六銭、商品を右訴外会社に譲渡してその代金四十八万三千五百余円を受け取つたがすべて所得納税金に支払つたため存在しない。以上合計五十万二千二百六十六円七十六銭である。第二消極財産として(イ)債務は別紙第二目録記載の通り三十四万一千九百九十六円六十銭(ロ)昭和二十三年度の未払税金及び納税予定債務(本訴県民税市民税を除外した以外のもの)は別紙第三目録記載の通り六十六万七千二百八十二円九十銭。以上合計百万九千二百七十九円五十銭。以上差引消極財産が約二万三千五百二円七十六銭多くなつている。特に昭和二十三年十月現在では約五十万七千円の損失金があり破産に瀕する状況にあつた。これは原告が昭和二十二年度の所得税申告額を十五万円としたのに、徳島税務署は之を八十万一千円と更正し、原告の異議申立により係官が再調査に来た際偶々二重帳簿を発見し、之は犯罪行為であるから更正決定額通り納税せよ。若し之を承諾しなければ刑事被告人として告発する旨申渡され、病身且盲目の原告は自ら刑事被告人となるに忍びず右決定額を承諾せざるを得なかつたことに基因する。第三その他の事情として原告は昭和二十三年度限り廃業しており収入皆無である。原告は盲目且病弱で日夜藥餌に親しむ身で訴外佐野電気株式会社より相談役という名誉職名義の下に毎月五千円の手当を受けているが医藥費及び小遣に当てる程度で全く収入はない。むしろ長男正美の扶養を受けている有様である。以上の次第であるから被告のなした課税処分は原告と同程度の所得資産の状況等にある者に比し著しく不当であること明白であるからその取消を求める。」と陳述し、被告の答弁に対しその主張のような徳島市市条例のあることは知らない。原告はその収入中より長男次男等に相当額を支給していたのであるから同訴外人等の収入は原告より差引くべきで、これを逆に原告の収入に加算して課税標準となすべきではないと述べた。

(立証省略)

被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告が県民税納税義務者であること被告が原告に対しその主張のような課税処分を為し納付令書を交付したところ原告より異議申立あり、その主張のような更正をしたことは認めるがその余はすべて争う。本件賦課処分は決して不当でない。そもそも県民税の賦課は地方税法第五十一条第一項にもとずき同法で定められた賦課総額を徳島県条例により市町村に配当し、各市町村は更に同条第二項に基き関係市町村条例の定めるところにより賦課するのであつて昭和二十三年度に於ては徳島市の市民税の賦課総額が、県民税の同市に対する配当総額と同額であり、両税の課税方法は全く同一である。しかして徳島市民税の課税方法は賦課総額(六百七十五円に納税義務者の数を乗じたもの)を徳島市条例の定めるところにより、個人法人各市民税に分ち、個人市民税は均等割二割、資力割四割、見立割四割の割合で賦課する。均等割は市内に於て一戸を構え又は一戸を構えなくても独立の生計を営み公私の救助扶助を受けないものを対象として一戸一日十五円宛とする。資力割は、前年度の所得税額、地租、家屋税等を標準として、所得税額の百分の八地租、家屋税額の各百分の二百二十とする。見立割は、資力割の三割と一戸宛百六十一円を合算したものを市内の各町内単位に算定し、各町内に於て各戸につき収入、資産の状況、担税力生活状態等を勘し、町内の調査委員の意見を徴して配分した。右基準に従えば、原告の(一)資力割は、原告の前年度の所得税額六十万二千二百九十円の百分の八である四万八千百八十三円二十銭と地租五円二十銭の百分の二百二十である十一円四十四銭の合計四万八千百九十四円六十銭となり(二)見立割は、右資力割額の三割である一万四千四百五十八円三十八銭に一戸当百六十一円を合した一万四千六百十九円三十八銭となるのであるが、町内調査委員に於て原告の資力収入状況、担税力等を考慮して、これを二千六百十九円三十八銭を減じた一万二千円と決定していたところ、更に原告の異議申立により再調査し右見立割額を全額除外した。(三)均等割は百十五円である。以上合計四万八千三百九円六十銭が、原告の市民税となる。凡そ資力割の課税標準たる所得を算定するに当つては、若し課税期日八月一日(徳島市条例により同日現在により賦課する)を以つて当該年度の所得を算定するとすれば、浮動性に富む収入の増減により確実性なく積極的課税が不可能となる。従つて現下の経済激動期にあつては、既に確定している前年度の所得税額を標準とし地租家屋税等を加味して定める所謂実績課税によるの外なく、これこそ合理的所得の算定方法である。原告の所得の情況資産の情況等は原告主張のようなものではない。第一原告の資産状況は(イ)原告所有の不動産は、第一目録記載の不動産の外に富田橋五丁目八番地ノ三、宅地五十坪二合五勺(賃貸価格十一円九十六銭)と同地上木造二階建家屋一棟床面積三十八坪九合(賃貸価格百四十円)を有し各々その時価をシヤープ勧告の基準により賃貸価格の千倍として算定すれば、時価合計百三十万一千八百六十円であるが原告主張の通り認めるとしても時価約四十一万一千三百円である。(ロ)株券、債権、家具、什器等は別紙第四目録記載の通り合計十七万五千九十六円七十六銭である。第二原告世帶の所得状況は、別紙第五目録記載の通り六十七万四千六百円である。以上合計百二十六万九百九十六円七十六銭乃至二百十五万千五百五十六円七十六銭を有する。従つて之れによるも右資力割は決して不当ではない。原告主張の消極財産は之を争う。仮りに然りとするも、之れは右見立割に於て斟酌すべきものであり、前述のように原告に対しては見立割賦課をしていないから論外である。原告の昭和二十二年度に於ける所得税額を標準としたのは、原告のように個人営業から同族会社である佐野電機株式会社に組織を変更し(この点は同社は株数三千九百株、株主十一名、出資額十九万五千円、同族株主九名、その株数三千五百株出資額十七万五千円、同族以外の株主二名、その株数四百株出資額二万円となつている点からも明白である。)従来同様の営業を続けており、同社の昭和二十三年四月より翌二十四年三月迄の一ケ年間の収入総額は二千万円で利益金は約百四十万円(七歩の率による)である点から考慮しても、原告の昭和二十二年度の所得決定額八十万一千三百円は決して過大ではない。以上の次第であるから、原告の本請求は失当であると述べた。

(立証省略)

三、理  由

原告が徳島市に居住し徳島県民税納税義務者であること、被告が原告に対し昭和二十三年度県民税として六万三百九円六十銭と決定し同年十二月十三日納付令書を交付したところ、原告より昭和二十四年一月五日異議申立に接し、同年三月五日これを四万八千三百九円六十銭と更正したことはいづれも双方争ない。地方税法(昭和二十五年度改正前)第四十七条第五十一条によれば、県民税は所得の状況、資産の状況等を標準とし、且つ均等割を加味してこれを課すると又その賦課総額は県条例により市に配当し、その課税方法は法令に規定されたものの外は当該市の条例でこれを規定することができるとあつて徳島県では昭和二十三年県条例第二十三号第五条第十三条により配当課税方法をとり昭和二十二年徳島市条例第一八八号第一条に「県民税の賦課額は県民税配当額と市民税賦課総額との割合によつてこれを算定する。」とされ、同市昭和二十三年条例第二六四号第五条第四十八条により、「個人に対する市民税は県市民税配賦額について算定した法人市民税総額を除いた額に対し、均等割十分の二、資力割十分の四、見立割十分の四の標準によりこれを課し特に昭和二十三年度に限り資力割は地租家屋税所得税の前年中の賦課額による」と定められてある。更に成立に争ない乙第二号証に証人松浦寛六の証言を綜合すれば、徳島市では昭和二十三年度県市民税総額は同額であつて千七百三十万二千九百五十円であり、内個人市民税総額千四百三十二万六千二百円、一世帯均等割百十五円、資力割総額五百七十三万四百八十円、見立割総額五百七十三万四百八十円、資力割中地租、家屋税一円につき二円二十銭、所得税一円につき八銭であり、県民税も右と同額であると認定するに足る。原告は右課税方法については争はないのであるから、被告の原告に対する具体的な課税処分が右方法に則して如何に運用せられたかの点を以下検討して見る。被告の為した原決定額六万三百九円六十銭の内原告の異議申立により変更減額せられた一万二千円は原告に賦課せられた見立割の全額に相当することは被告の主張するところであり、原告も明に争つていないところである。又均等割百十五円については弁論の全趣旨に照らして原告の争はないところである。よつて残余の資産割につき考えるに、昭和二十二年度の原告に対する確定所得額六十万二千二百九十円、地租五円二十銭であることは被告の主張するところであり、原告は明かにこれを争はないから自白とみなすべく、これら課税標準に対して前記資力割税率を適用すれば、所得額六十万二千二百九十円につき四万八千百八十三円二十銭、地租五円二十銭につき十一円四十四銭以上合計四万八千百九十四円六十四銭となることは算数上明かである。原告の主張は結局、右昭和二十二年度所得額の認定が著しく不当であり、同年度の実際所得額は十五万円程度であつたにもかかわらず、税務署の脅迫により不服の道を絶たれて止むなく納付しなければならなくなつたのであつて、昭和二十三年度県民税の課税に当り右の所得額を標準とすることは著しく不当であり、その他原告の健康、営業状態、負債、未払税金の状況等又他の納税者との比較よりして、同年度の県民税は五千円相当である。というにある。そもそも税務官署の為す課税処分は憲法第八十四条に基き法令の規定に従つてこれを執行するのであつて、具体的処分に当つては国又は公共団体の財源確保、税法上の公平の原則その他の趣旨から法令を厳守してなされる立前であるところ本件課税処分は前記地方税法、徳島県条例徳島市条例中県民税賦課規定に従い一応適法に為されたことは前認定の通りであり、資力割中昭和二十二年度所得額を課税標準とする点は原告の極力争うところであるが、もとより前年度所得額は確定済であつてこれを増減することは不可能であり、原告の全主張立証によつても被告がこれを課税標準と為したことが違法であるとは認められない。もつとも昭和二十三年徳島県条例第二十三号第三十一条各号に課税免除、同第三十二条に減免の各規定がおかれ、昭和二十二年徳島市条例第一八八号第二条にも特別事情による課税割合の変更規定がおかれていて、これらの運用は被告知事等の裁量処分によるべきところ、前記の通り該裁量は厳格に為すべきであつて、裁量をしなかつたからといつてその程度が著しく条理に反しない限り当該課税処分を違法ならしめないと解するのを相当とし、本件の場合にあつても原告の全主張立証によつても右各特則を適用すべき事案とは認められない。その他原告主張の負債、健康状態、家計の状況等は前記条例の趣旨より全て見立割で斟酌すべきものと解せられるところ、原告に対する見立割課税は異議申立により全額免除されたのであるから此の点に関する主張は全てその利益がない。

よつて原告に対し資力割合計四万八千百九十四円六十六銭の内四万八千百九十四円六十銭均等割百十五円、以上合計金四万八千三百九円六十銭を賦課した被告の処分は全て適法であり、これの取消を求める原告の請求は全て理由がない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 今谷健一 合田得太郎 三木光一)

(別紙目録省略)

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